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「まい・こーぷ4月号~生協コープかごしま はじめて物語」へのお便りを紹介します。

生協コープかごしま機関紙「まいこーぷ」4月号で「生協コープかごしま はじめて物語」を掲載しました。多くの方からお便りが寄せられましたので、一部掲載いたします。

 

1-0031.jpg1966年から鹿児島市のサツマ団地に住んでいました。しばらくして品物が安心だからと隣の人に誘われて生協に入りました。その頃、生協ができたのですね。城山団地やら(仲間を増やす取り組みに)開拓して回りました。班会もしょっちゅうあり楽しかったです。主人の定年後は加治木に移り住み、80歳を過ぎて個配を利用して助かっています。<姶良市 田口さん>

鹿児島市民生協ができて、もう47年になるんですね!! 私の子どもたちも生協さんとともに大きくなり、長男も40歳を過ぎて独立。今では私たち老夫婦が生協さんにお世話になっています。これからもよろしく。<伊佐市 林さん>

今では当たり前のように存在する生協ですが、母親世代が作ったのだと知り、お母さんたちに感謝の思いです。<鹿児島市 南さん>

先輩たちのおかげで、今 子育て中の私は助かっています。ありがとうございます。<薩摩川内市 外園さん>

2-003.jpgのサムネイル画像はじめて物語を読んで、「そうそうそうだったよね」と一人相槌を打つ。物価の高騰を生協はどこまで対応できるか。添加物はどうか。とかを、他のスーパーを価格調査したり、勉強会に参加したり、もちろん子ども連れで。あの頃からすると現在は生協の活動も落ち着いてきているが、また生協自身の活動をこれから先のことを考えていく時になったのではないかと思った。<PN:姶良市 姫>

「生協はじめて物語」を見て、みんなで考えて作られたお店が生協なんだなと思った ^_^ <鹿児島市 重留さん>

生協ができるまで、どれほどの話し合いやご苦労があったか、また情熱があったか少しわかりました。<鹿児島市 有馬さん>

生協コープかごしまは子どもの健康のために作られた組合であったことをはじめて知りました。今後も食の安全のために頑張ってほしいです。<鹿児島市 椎田さん>

店舗ができたころ(紫原)母も入っていました。吉野店ができたら、品物の良さに「魚や肉は買うのは生協がいい」と言い、よく買い物に行っていました。今は個配で注文し「重たいものは生協がいい」と言っています。<霧島市 窪田さん>

母世代の方々の奔走が伝わりました。実母も、小さい子どものいる方と班をつくったと聞きました。母の願いが込められた歴史なんですね。<PN:鹿児島市 チョロママ>

2-008.jpgのサムネイル画像1971年にコープをつくってくださった皆さんに感謝!それがあったからこそ今があります!
日本国憲法もそうです。第二次世界大戦後の日本を平和な国に使用、世界を平和なものにしようと考えて、がんばったみなさんがいたから今があります!
先人のみなさんありがとう。もちろん憲法を守る署名、がんばります。<鹿児島市 奥村さん>

4月号のマイコープをみて、はじめて設立の意味を知りました。組合員って何?どうしてそう呼ぶのかなど、あまり深く考えることも気にならなくなっていました。知ることができて良かったです。そしてあらためて憲法9条についても考えたいです。<鹿児島市 狩集さん>

「まぜもののない牛乳」と言われてもよくわかりませんが、創立当時は当たり前のように出回っていたのですね。隔世の感があります。<鹿児島市 田原さん>

15-001.jpg子どもに少しでも安全な食べ物を食べさせたいと思うのは、いつの時代もお母さんのやさしさですね。<鹿児島市 吉田さん>

消費者がいろいろなことを学び、話し合う場があることはとても良いことだと思いました。<南九州市 福留さん>

私の子どものころから生協ってあったんですね。私が生協に入ったのは、結婚してお隣さんに誘われて。私の娘たちは、赤ちゃんの時から生協にお世話になっています。<霧島市 黒田さん>

先輩お母さんたちの頑張りのおかげで、今の便利なコープ、共同購入、サービスを利用できることに感謝の思いになります。何事も始めること、その時の大変さは想像できませんね。本当にありがとうございます。<霧島市 平さん>

 

生協コープかごしま はじめて物語 はこちらから。
 

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