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鹿児島の大空襲の日に「平和のつどい」を開催し、戦争の悲惨さから、平和の大切さを考えました。

180617平和のつどい01.JPG生協コープかごしまでは、6月17日(日)にかごしま県民交流センターで「平和のつどい」を開催し、組合員や一般市民など約250人が参加・来場し、鹿児島大空襲の体験談を聞き、また原爆被爆二世の会の方を講師に「原子爆弾(核兵器)」についての学習講演をうけるなど、戦争の悲惨さと平和の大切さを確かめ合いました。
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「平和のつどい」では、「Yahoo!japan未来に残す 戦争の記憶 プロジェクト」の上映があり、その後の空襲体験の語り継ぎとして、当時鹿児島市潮見町(現・泉町)にお住まいだった海江田 順三郎さん(当時17歳)に、「戦災と平和について」ご自身の体験とあわせて6月17日の空襲の様子をお話していただきました。
また学習講演として、鹿児島県原爆被爆二世の会の大山 正一さんに原爆の悲惨さと同時に、現在の核兵器の状況や、私たちも一緒に取り組んだ「ヒバクシャ国際署名」のことなども紹介されました。
180617平和のつどい05.JPGそのほか、アニメーション映画「戦争のつくりかた」(戦争のつくりかたアニメーションプロジェクトのページが開きます)の上映や、組合員による平和の活動の報告として、組合員の「憲法グループ」の取り組みの報告も紹介しました。
会場には、展示企画として、終戦直後の焼け野原になった鹿児島市の写真を撮られた平岡正三郎さんの写真パネルの展示や、戦争語り部の有馬昭人さんの戦争絵画展や、「シベリア抑留の体験(絵画)」(戦争を語り継ぐ集いメンバー作)の展示、コープ組合員の平和活動の紹介などもありました。
180617平和のつどい06.JPGまた今年は、日曜日にあたったことから「子ども企画」として、講演の時間に別室で映画「ちぃちゃんの影送り」上映や、映画を見た後に「平和へのメッセージボード」をつくり、講演・学習など終了後の全体会場で子どもたちが発表をしました。

参加者の感想>

・戦後生まれの自分にはショックな話ばかりでした。父が鹿児島駅の空襲の話をよくしていました。それを聞き、思いだしました。戦争は人を狂わす、悲しいことです。(鹿児島市:60代・女性)

180617平和のつどい02.JPG・恐ろしい原爆が、今もなお世界に広まりつつあることが恐ろしいです。(鹿児島市:40代:男性)

・教科書では知りえないこと、日本がやってきたことを、ご高齢であられる海江田さんがいまだに鮮明に記憶されておられるの、それはもう私たち戦争を知らない世代には想像を絶することだったのだろうと思います。話を聞き、子どもを持つ親として、戦争のない社会が続くことを切に願います。(薩摩川内市:40代・女性)

・焼き場で直立する少年の写真。何度も目にしているが、涙がこぼれて堪らない。今の私たちは何をしているのか!71年以上たったいまも(原爆被爆者を)苦しめている放射線障害、遺伝子を傷つける後遺症…知ること、目を閉じないこと。(60代:鹿児島市:女性)

180617平和のつどい07.JPG・特に印象に残っているのは被爆二世の方のお話で、被爆した後の話しであります。被爆者に対する偏見や差別。今でも被爆者であることを隠している方もいらっしゃるとか。これらの部分は私自身考えたこともありませんでした。もっと知る必要があると思いました。(鹿児島市:30代:男性)

・憲法グループの方のお話の「憲法が現状にあっていないなら、あらためるのは政治や法律」・その通りですね!最後の子どもたちの発表もかわいらしく、しめのお姉ちゃんの言葉が良かったです。(霧島市:50代:女性)

180617平和のつどい08.JPG・当時の鹿児島だけでなく、日本の背景からお話しいただき、どんな日本だったのか、どんな考えだったのか、あらためて知ることができました。当時17歳の軍国少年だった海江田さんが感じた戦争が、とても辛いものだったことや、その後の日本がどのような道を進んだか感じることができました。(姶良市:女性)

・鹿児島市の空襲の話だけでなく戦争そのものの話をしていただき、よくわかりました。亡くなった父も、旧満州に十代のころに行っていたと聞いたことがあるが、詳しくは話を聞いた記憶がないので、いろいろな方が戦争の話を聞けて良かった。(鹿児島市:50代:男性)

・戦争を知らない世代の私は、戦後70年以上にもなるのに、東アジアで日本を快く思わない人がいることを理解できずにいましたが、海江田さんの話を聞いて、日本がしてきたことを考えると理解できました。戦争をしない方法、しないことを選んでいく選択を、未来をつくる子どもたちに教えていくことが平和につながると切に感じました。(鹿児島市:50代:女性)

180617平和のつどい09.JPG・炎の中を逃げまどったこともだが、戦前の外交に興味深かった。それらのことをもっと知りたい。国と国との関係を知ったうえで付き合うことが(知りもせずに圧力だけを言葉にするよりも)、戦争をなくすことにつながると思う。(南さつま市:80代:男性)

・全国で一番空襲を受けたということにおどろいた。また日本が戦争に対して誤った考え方や、弱まった危機感を持ったために悲劇を起こしてしまったことを学べました。「死」に対する考え方や「人道」への考え方についても、考えさせられました。(鹿児島市:20代:男性)

180617平和のつどい04.JPG・海江田さんの「高齢になった現在よりも、6月17日から8月15日までの2か月間の方が、死について考えた」というのが心に残りました。(鹿児島市:60代:女性)

・学校で聞く講演会とは違う、教科書で習うこととは違うことを聞くことができ、自分の知らなかった事を聞くことができた。原爆のことはフワッとしか学校の授業や、修学旅行で行った広島の原爆ドームなどでしか知らなかったのですが、原爆二世の会があるほど原爆の被害があることに、社会に正しい情報が伝わらないことなどもはじめて知りました。(鹿児島市:10代:女性)

(編集部で抜粋し、本旨を変えない範囲で一部字句の修正を加えました)


 

6月17日は

先の戦争の末期、鹿児島市とその周辺には8回の無差別爆撃が行われ、中でも6月17日の空襲では鹿児島市内で2300人以上が亡くなり、3500人以上が負傷しました。

生協コープかごしまでは、1984年に「母と子の鹿児島戦争空襲展」を開催。その後1987年から毎年6月17日に「平和のつどい」を開催し、今年で33回目(空襲展を含む)です。
これは、自分たちの生活する地域も戦争の被害にあい、多くの命が失われ、また多くの人が被災されたことを、次の世代に語り継いでいくこと目的に、また「平和」が暮らしの基礎であるということから継続して開催しています。
この「平和のつどい」の開催には、今年3月から鹿児島市内の組合員理事をはじめ、平和活動に取り組んでいる組合員で実行委員会を作り準備をすすめてきました。

 

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